石灰泥 (lime mud) は粘土〜シルト径(62ミクロン以下)の炭酸塩構成物の総称であり,スパライトとともに,炭酸塩岩の基質部を構成する.炭酸塩堆積学で良く用いられるミクライトはmicrocrystalline calciteの略語として提案された.Folk (1959) は細粒炭酸塩構成物の分類案を提案し,ミクライトを粒径4ミクロン以下の炭酸塩粒子と定義した.しかし,通常の顕微鏡観察では,細粒構成物の粒径を正確に評価することは困難である.そのため,その後の研究では,Folkの定義を厳守する研究は少なく,ミクライトは石灰泥とほぼ同義に扱われることが多い.
石灰泥の成因は多様であるが,重要なものは以下の4つである.
●海水からの沈澱:Folk (1959) は,石灰泥を炭酸カルシウムに過飽和な海水からの沈澱物と考え,彼はその後 (Folk, 1974),沈澱物の粒径が小さいのはMgイオンが炭酸カルシウムの結晶成長を阻害するためであると説明した.フロリダ湾やペルシャ湾で起こる海水の白濁化 (whitings) 現象は海水中に石灰泥が懸濁することによって起る.この現象は,海水からの沈澱を支持する証拠として考えられていた.Wells and Illing (1964) はペルシャ湾のカタール半島東岸での白濁化が海水表面で起っていることから,藻類(硅藻)の光合成に誘導されたアラゴナイトの沈殿を示唆した.しかし,バハマバンクで検討した Garrett (1977) は,白濁化が海底の細粒堆積物が魚群の求餌行動により懸濁したものであると示唆し,Shinn et al. (1989) も海水からの沈澱の証拠を見いだす事は出来なかった.また,いくつかの実験結果も沈澱説に対して否定的である.表層の海水は方解石,アラレ石,ドロマイトについて過飽和であるが,多量に含まれる Mg イオンはカルサイトの沈殿を強く抑制し (Pytkowicz, 1973; Berner, 1975),腐植酸のような有機物もアラゴナイトの沈殿を妨げる (Berner et al., 1978).従って,通常の条件では,海水から石灰泥が沈殿することは無いと考えられている.
●微生物の炭酸塩骨格:石灰質ナノプランクトン(ココリス)・浮遊性有孔虫・翼足類などの石灰質浮遊性生物の微小な炭酸塩骨格とその破片を起源とする石灰泥は,遠洋性炭酸塩岩に多く認められる (Milliman, 1974).このタイプの堆積物は,ジュラ紀後期から増加する.西ヨーロッパの白亜系チョーク岩はその代表的な例であり,石灰質ナノプランクトンの方解石殻が厚い炭酸塩岩シーケンスを作り上げている.
●生物骨格の離解:生物の炭酸塩骨格は一般にアラレ石や方解石の微小結晶の集合体であり,結晶間には有機物が充填されている.骨格からの有機物の溶脱にともない,骨格が微小結晶に分解することが知られており,この現象を離解 (maceration; Alexandersson, 1979; 沖村ほか, 1995) と定義されている.離解は緑藻類骨格で普通に起る.バハマバンクの石灰泥の起源を検討した Neumann and Land (1975) は,成長速度の大きい緑藻類 (Halimada) 骨格からの離解が,石灰泥のソースとして最も重要であるとしている.緑藻類骨格の離解により生じた針状アラゴナイト結晶は,バハマバンク底質の石灰泥と鉱物・形態的特徴が類似する事も示されている.また,離解は軟体動物やサンゴ骨格でも起る事が示されている (Lewy, 1981).
●炭酸塩粒子の浸食:炭酸塩粒子は,水流や波浪の様な機械的作用に加え,生物の穿孔や摂食活動により浸食される(生物浸食; bioerosion).生物浸食を行う生物には,軟体動物・棘皮動物・甲殻類・魚類などの大型動物,藻類・菌類・細菌類などの穿孔性微生物(endolithic microbes)が含まれる (Kobluk and James, 1979).これらの生物による浸食作用は,特に,多くのサンゴ礁地域で報告されている (Hutchings, 1986).また,Hallock (1988) は栄養塩濃度が増加すると,生物浸食により多量の石灰泥が生産される事を示唆した.
穿孔性微生物により炭酸塩粒子表面に作られた孔は,微生物体の死後,微粒の炭酸塩セメントや堆積物により充填される.この作用が長期間起ると,粒子表面が均等に微粒の炭酸塩により置換される.この作用を,Bathrust (1966) はミクライト化 (micritization) と定義し,ミクライト化された粒子は cortoids (Flugel, 1982) と呼ばれる.なお,粒子全体がミクライト化されたものを micritized grains と呼ぶ.
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