炭酸塩堆積物は湖・泉・河川・洞窟・温泉などの淡水域に発達する.これらの場所では,炭酸塩構成物が生物骨格を起源とするのはまれで,ほぼ全てがカルサイトに対して過飽和状態の水から沈殿した結晶(主に方解石)である.方解石についての過飽和状態は,水からの二酸化炭素の脱ガス・水の蒸発・温度の上昇などのプロセスにより発達する.これらのプロセスは気候の季節的変化に影響されるので,多くの淡水成炭酸塩堆積物では「年輪」として扱える縞状組織が発達する.淡水成炭酸塩堆積物についてまとめた Ford and Pedley (1996) によると,過飽和な水からの炭酸塩鉱物の沈澱作用により発達した堆積物を,1) 鍾乳石,2) トゥファ,3) トラバーチンに区分するのが望ましい. |
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鍾乳石は石灰岩体中のオープンスペース(鍾乳洞)で沈澱した炭酸塩堆積物を指す.石灰岩地帯に降った雨水は,石灰岩層を浸透する過程で炭酸カルシウムを溶存する.この水が,やや低い二酸化炭素分圧を持つ鍾乳洞に到達すると,二酸化炭素を脱ガスして,方解石に対して過飽和になり,鍾乳石を沈澱する.鍾乳石の形態は,水の流れ方に依存する (Bogli, 1980).主なものとして,天井から流下する水から沈澱するつらら石,鍾乳洞底面に滴下する水から沈澱する石筍,斜面に階段状の地形を作るリムストーンがある.これらのうち,石筍は比較的成長速度が高く,年輪組織を持つので (Shopov et al., 1994; Baker et al., 1998),古気候解析試料として広く用いられている (McDermott, 2004).具体的には,酸素同位体比から降水をもたらす気団配置の変化 (Burns et al., 2001; Genty et al., 2003), 炭素安定同位体比から植生の変化 (Denniston et al., 2001),成長速度から降水量の変化 (Genty and Quinif, 1996)が議論されている.
石灰岩体中の水が地表に湧出すると,二酸化炭素分圧の低い大気と触れて,さらに二酸化炭素を脱ガスし,方解石に対して過飽和になる.この様な水から沈澱したものがトゥファである.沈殿はしばしば,トゥファの表面に生息するフィラメント状の底生シアノバクテリアのサヤ上で起こり,結果として多孔質の炭酸塩が堆積する.トゥファは石灰岩地帯の河川に堆積する事が多いが,湖にも発達する事がある (Benson et al., 1995).また,トゥファ内部には縞状組織が発達し,それが年縞であることが示唆されてきた.縞状組織のパターンや規則性には地域的差違があると思われるが,少なくとも日本で堆積するトゥファの多くは孔隙質層(冬〜春)と緻密な層(夏〜秋)の繰り返しから成り,夏に高く冬に低い方解石無機沈殿速度の年変化を反映していることが確かめられている (Kano et al., 2003).トゥファ堆積物の堆積速度は年間数mm〜1 cmであり,鍾乳石に比べてはるかに大きく,より高解像度で気候情報も記録されており (Matsuoka et al., 2001; Ihlenfeld et al., 2003; Kano et al., 2004),トゥファを用いた古気候解析も盛んになってきた (Andrew et al., 2000; Smith et al., 2004).
トラバーチンという言葉は,淡水成炭酸塩堆積物に対して広く用いられてきたが (Julia 1983),温泉水から沈澱した炭酸塩堆積物に限定して使用するのが望ましい (Ford and Pedley, 1996).トラバーチンの語源はラテン語で「チボリの石」という意味である.イタリア中部のチボリ周辺では,炭酸カルシウムに対して過飽和な温泉水から沈殿した炭酸塩堆積物が広く分布し(Chafetz and Folk, 1984),石材として採掘されている.トラバーチンを沈澱させる温泉水は二酸化炭素とCaイオンを多量に含み,比較的低温の場合が多い (Giggenbach, 1988).溶存するCa濃度は,トゥファの水の10倍程度に達するため,トラバーチンの堆積速度は大きく, 数10cm/年に達する (Kitano, 1963; Folk et al,1985).温泉大国である日本にはトラバーチンが良く発達しており,今までに,北海道二股温泉・岩手県夏油温泉 (Kitano, 1963)・宮城県鬼首温泉(赤井ほか, 1999)・山形県泡の湯温泉・富山県小川温泉(安多ほか, 2000)・石川県中宮温泉(田崎, 1997)などが報告されている.
これらのほか,湖水環境には特徴的な組織を持つ炭酸塩堆積物が発達する.炭酸塩堆積のプロセスは多様だが,過飽和度増大の原因として,閉鎖的な湖水環境での蒸発作用や植物プランクトンの光合成が重要なケースが多い.また,層状化が起きている湖底では,溶存酸素量が低下し,水の撹拌も弱いため,バーブと呼ばれる葉理の発達が良い堆積物ができる.湖成炭酸塩も,酸素同位体比等の指標を用いた古気候研究の題材になっている (Leng and Marshall, 2004).
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